オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

ピアニスト辻井伸行が描き出す世界 4

 デビューアルバムは二枚組なのだが、その二枚目には彼のオリジナル曲が収められている。とりわけ印象的な曲が、彼が小学校6年生の時に作曲したという「ロックフェラーの天使の羽」である。彼が、クリスマスにロックフェラーセンターで手にしたという天使の羽のオブジェが、創作の動機となっていると聞く。

 視覚をもつ人が、「目にする現実よりも、その奥に潜む見えざる真実」に憧れるのとは対照的に、辻井さんは、その研ぎ澄まされた感性で、「実際には目に見えない現実を、澄み切った心の目で見る」ことに精神を集中しているかのようだ。彼のオリジナル曲が、いずれも実際には見えない美しい情景を描いたものであることから、そのように想像たくましく考えてしまう。
 しかし、作曲とは、本来自分にストックされていた音源の中から、生じてくるものである。辻井さんがつむぎ出す美しい音色や作曲の音源は、そもそもどのような学習や教育の中で培われていたものだろう?、

 彼は、これまで点字で書かれた楽譜よりも、先生が弾く演奏を頼りに演奏を創り上げてきたと言う。また、幼い頃から、どのピアニストが演奏した曲であるかについて、明確に聞き分けていたと言う。聴き覚えに傾斜するということは、同時に感じ取った「奏者のくせ」までも吸収してしまうことにつながるが、彼の音楽性は、その「くせ」を踏み台にして、彼の独自の世界を構築するに至っている。それが類い希な音色や作曲の音源となって表出されているのである。

 今後、彼は、ますますいろいろな音楽を吸収し、体験を重ね、己の演奏を築きあげていくことだろう。私たちは、ピアニストとしてはまだ若木である彼が、やがて大樹となって枝葉を広げる姿を待ちながら、次にはどのような演奏を聴かせてもらえるかを楽しみに、成長を暖かく、静かに見守っていこうではないか。