最後に、登場するのがメンデルスゾーンの声楽曲、つまりドイツリートである。日本人が、あたかも演歌や歌謡曲を口ずさむのと同様の親しみやすさで、ドイツリートを楽しめたらどれだけ豊かな音楽生活が営めるだろうに!と口惜しく思うのだが、まだまだドイツリートは、演奏会場へ足を運んで、声楽家の美声を鑑賞する音楽という思いこみから抜け切れていない。
メンデルスゾーンの声楽曲で、最も有名な曲は、ご存知「歌の翼に」である。この気品あふれる旋律を聴くだけで、もう十分に満足できるのだが、今日は、もう少し果樹の実る森に分け入って他の歌曲の魅力も訪ねてみようと思う。
op19−5 あいさつ
歌曲の楽しみ方は、人それぞれだろうが、ある作曲家の作品をその作曲家が若い時の作品から順を追って辿っていくのも楽しい。「あいさつ」はメンデルスゾーンが、遅くとも20歳頃までに作曲していたとされる作品である。若い頃の作品には、しばしば稚拙さと可能性の萌芽が混在してみられるが、メンデルスゾーンの場合には、すでに十分に彼の個性を発揮した気品あふれる作品になっている。私の聴いた演奏は、ペーター・シュライヤーによるものだが、彼の澄みきった声質が、この作品の「明るさ」「落ち着き」を引き出すのに、何とぴったりなことか!
op71−6 夜の歌
一気に最晩年にとんでしまう。最晩年とはいえ未だ38歳という若さなのだが・・。フォスターの「夢見る人」モーツアルトの「レクイエムからラクリモザ」etc・・名作曲家の最後の作品に名品が多いという現象には、いろいろな想像が働いてしまう。神がまだ動く作曲家の手を使い、最後に結晶のような作品を書かせているとか・・。
メンデルスゾーンの死の一ヶ月前に書かれたこの曲は、静かな中に透明な叙情を湛えた名曲である。そこには、もはや何の無駄も飾りも技巧もない。ただひたすら自分から湧き出た音が、まっすぐに表現されているのだ。私が聴いたのは、ボニー・バーバラによる演奏。彼女の清らかな美声が、この曲のよさを十分に表現している。