オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

ミューズの神が宿る時3 1947/5/27 ベルリン(中)

 事情を知らされなかったのは、残された楽団員である。マエストロは行方不明であるが、いつかきっとベルリンに戻ってくるはず・・という凡そ根拠のない希望だけを頼りに、戦後の瓦礫と焼け跡の中で、細々と練習を続けていたのである。
 ヴィルが占領地での演奏を断り続けていたことやユダヤ系の音楽家が国外に脱出する際に協力していた事実がわかり、ようやく演奏許可が下りたのは1947年の5月のことである。
 待ちわびた大指揮者の演奏会に駆けつけようと、幾日も前から行列に並ぶ人、配給品を貨幣の代わりにと差し出す人、ベルリンの人々の熱狂ぶりは尋常ではなかった。
 自分のことを待ちわびていた楽団員、詰めかけた聴衆、とてつもない熱狂と緊張が、今舞台に立っている自分のを取り巻いていることに ヴィル自身が興奮し、緊張していた。