オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

プログラム原稿を書きながら1

プログラム原稿を書きながら1

所属している男声合唱団が5月に演奏会を開くので、そのプログラム原稿を書いていた。いろいろ調べながら、自分的には新発見もあったので、その幾つかを紹介しようと思う。

カリンカには、作曲者がいた!

ちょっと昔にソヴィエト連邦という空前絶後超大国があった。面積で言えばシルクロードを蹂躙したジンギスカンの大帝国があったわけだけれど、ソヴィエト連邦の凄さは広さもさることながら思想的な影響力にあり、まさしく理想の国家を建設したという強い自負の上にその存在があったわけで、若者への影響はそれはハンパではなかった。
文化的にはオリンピックでメダルを取りまくり、芸術面でも多才な表現者を次から次へと輩出したわけだが、赤軍合唱団とかドンコサック合唱団とか名乗る合唱団が来日するとロシア民謡好きの音楽ファンは、こぞって演奏会場へと詰めかけたものである。かくいう私も学生時代にすごい低音が出るぞというふれこみで聴きに行った口である。
なぜロシア民謡が好きなのかと問われれば、その背景にうたごえ運動の影響等を語らなければならないのだろうが、そこまで話を進めると林家三平ではないが、もう大変である。
ところでロシア民謡といえば、必ず登場するレパートリーが「カリンカ」。今回調べる中で、この超有名な曲に作曲者がいたことがわかった。作曲者は、イワン・ペテローヴィチ・ラリノーオフで、1860年にアマチュア劇団の芝居のために作詞作曲した曲だった。その後友人のスタヴャンスキー率いる合唱団が歌い、黒海周辺から世界中へと伝えられた曲だったのです。




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