名作を読む9
グリルパルツェル作「ウィーンの老音楽師」を読む。
ヤコブという主人公は、読み手であるこちらがアドバイスしてあげたいくらいに、とても要領が悪い。決して上手とは言えないバイオリンを弾いて、辻音楽師として暮らしている老人だ。
ところで音楽で生計を立てるというのは、とても大変なことなのだ。今回のコロナウィルスでコンサートやライブ活動が軒並み中止に追い込まれた。また合唱団の指導で謝礼を受け取っていた人も練習ができないことで窮地に追い込まれていると聞く。アリとキリギリスの説話に似ているが、キリギリス側のの音楽家はとても苦しい。
それでも昔も今もメシの種にはならないけど、音楽に魅せられる人は後を絶たない。ヤコブもその一人で粉屋の娘バルバラが歌う歌に魅かれて、ほったらかしのバイオリンを手にする。ところがいわゆる耳コピはできなかったらしく、楽譜にしてもらうのも一苦労の有様。
宮中顧問官の父親が亡くなり、それなりの財産を手にするが、うまい話にのせられて騙され、一文無しになってしまう。お坊ちゃん育ちというか?世間知らずというか?でも人に騙されることはあっても、人を騙さない。お人好し過ぎると言えばその通りなのだが。
亡くなる前に洪水がやってきて、子どもたちを救い出し、世話になっている植木屋の書類を運び出す。しかしヤコブはずぶ濡れだ。身体を冷やしたことがもとで、ヤコブは亡くなってしまう。
自己決定、自己責任を声高に叫ぶ人に、ヤコブの生き方は、ただの愚か者に過ぎないのか?不器用なヤコブが貫き通した生き方は、私たちがすっかり忘れてしまっているものを語りかけてくれている気がする。