時間の感じ方と方丈記
秒針がきざむスピードではなくて、心の中の時計が感じる速さの話です。
私は、嫌なことや辛いこと悲しいことが起きると、時間の流れ方がドロドロになってしまい、喘いでも先に進まない。暇を持て余している時にも似たような感覚に陥る。
反対に楽しい時、充実している時は、流れ方が急になり、あっという間に自分を流していく。
時間の速さは、変幻自在。私たちは日々の喜怒哀楽にシンクロしている時間の中を彷徨い流されながら生きている。
方丈記の冒頭に、行く川の流れは…の一節があるけれど、上手く例えたものだと感じる。人々が末世を予感し、方丈記でも述べている恐ろしい災害が次々と襲った時代に鴨長明は生きていた。それは世界中がコロナに怯えている現代の状況とどこか地下水脈で繋がっている気がする。
方丈とは3m四方だろう。決して広いとは言い難い。ちなみにわたしが閉じこもってブログを書いている部屋の広さもその位。長明はその空間の中で己を振り返り周囲を見つめ「方丈記」記したのだ。また管弦の名手、とりわけ琵琶の演奏に優れていたと伝わる。足下にも及ばないけど、私も一応は琵琶愛好者の端くれで雅号は丈水。だからいったい何?と言われれば、ただそれだけなのですが、せめて方丈記でも読み返しながら、長明の感じていた無常観とやらに想いを馳せてみよう。それが急変する時間の速さに振り回されない生き方のようにも思えるから。