オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび125

名作を読む73

ラ=フォンテーヌ寓話集を読む。

寓話は、長い歴史を生き抜いていくテーマを背負っているので、いい大人になってから読んでみてもおもしろい。ネズミの婿入りなど有名な話もあるけど、ちょっと心に引っ掛かった話を二つ。

 


靴直しと金持ち

貧乏な靴直しは、その日その日の稼ぎで暮らしているが、いつも陽気に歌を歌っている。仕事をするって楽しいし、健康で働けることはありがたいと。

それを聞いた金持ちは、靴直しに大金を渡すが、靴直しは陽気な歌と引き換えに、不安と疑いと無用な警戒が靴直しの友だちになってしまう。

眠れなくなった靴直しは、金持ちのところへ行って、金貨を返すから、元の歌と眠りを返してくださいと話すのでした。

豊かさとは、富と同じ意味ではないことを諭している。私には縁がないが、守るべき個人財産がある人は苦労されてきるのだろう。

 


老人と三人の若者

80歳の老人が果物の昨日苗を植えていて、三人の若者が笑う。実がなるまで生きているつもりなのかと。

老人は答える。私の孫たちがこの木の葉陰で遊び、木の実を食べることができるでしょうと。それに私は仕事をしていることが喜びなのだと。

やがて、三人の若者は海難事故や戦争、木から落下などの原因で老人よりはやく死んでしまったという話。運命は神様にしかわからないというオチなのだけど、老人が日々の仕事に生きがいを感じ、未来に何を引き継ぐか?を考えていることに好感が持てる。

まだ80歳にはならないけど、何を残すか?って、一本の樹を植えるという行為などは、かなり遠くの未来を見るだろうから、誰が植えたか?忘れ去られても樹が残るのはいい話かな。以下「樅の木は残った」から引用、

 

舘において保護をしている宇乃を前にして、原田甲斐は庭にある樅の巨木の孤高を語った。「私はこの木が好きだ。この木は何も語らない。だから私はこの木が好きだ」。宇乃は甲斐が、樅の木に己の生き様を重ね合わせているように思えた。