オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび261

昭和を語ろう2

 

高度経済成長の影の部分は、儲かるためなら、生産を上げるためなら・・による倫理観の崩壊。水俣病イタイイタイ病四日市ぜんそく新潟水俣病を始めとする公害問題が次々に起きた。本来自然を畏怖し神格化して来た民族の為した仕業とは思えない。そこで環境庁が創設されて、それなりの公害対策を打ち出したのだ。どうも「誰でもそんなことは知ってるさ!」的なことを書いている気がする・・。

皆様は、発ガン性が指摘されたチクロのことを覚えていらっしゃるだろうか? 現在も日本では使われていないが、1956年に許可されて使用禁止になったのが1969年のことだから、私の子ども時代も完全に被っており、おそらくジュースやお菓子を通して大量に食べていたと思われる。

しばらく経って人々がその猛毒性に過敏に反応したのは、ダイオキシン。もう平成になっていたけれど、勤めていた学校現場からあっという間に焼却炉が無くなってしまった。落ち葉をかき集めて、焼き芋をしながらみんなで焚き火などという風景はほとんど見られなくなってしまった。

空気汚染と言えば、クルマの排出ガス規制に対してホンダがCVCCエンジンを開発し、実際にシビックに搭載するなど、一時は一歩先んじていた感があった。

ところが、ご承知の通り温暖化に対する国全体の二酸化炭素排出に関する取り組みは、現在大きく出遅れていて、最近では小泉進次郎環境大臣の発言が化石と評されてしまったのは、記憶に新しい。

原発問題にしても、昭和の政治は自民党社会党か? という何ともわかりやすいイデオロギーの二項対立で語られており、それぞれの党に環境問題に真摯に取り組む政治家が少なかったことは不幸だったと思う。

もしも、対立軸が持続可能な成長か? 脱成長か? にあるならば、昭和の時代にもその論争は可能だったはずなのに。