オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび343

吉田松陰留魂録」を読む。

 


留魂録は牢屋敷で書かれたものだから、いつどのような取り調べがあり、それに対して松陰がどのような考えを持って答えたのか? を綴っている。

実は同じ時期に僅かな期間ではあるが、別の部屋に橋本左内がいた。けれど二人が邂逅し、会話をした事実はない。左内の部屋から移動してきた勝野という人を通じて松陰は左内の思想に触れたのだ。

松陰の言葉では「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」が有名だ。至誠とは「真心を尽くせば、相手は必ずわかってくれる」と意味でよいのだろうか?  野山獄中にいた時は「私は、人を疑って失敗するより、人を信じて失敗することを望む」とも話している。まぁ、何と純粋でまっしぐらな生き方だろう! しかし、実際の人柄は激烈の真反対であり、穏やかで冷静沈着な人だったと言う。教師としての素晴らしさは、教え子の長所を見抜く力が抜群で、その人に合ったテキストを与えていたことと、短い言葉でその長所を褒めていたことだろう。

明治維新以降の教育、とりわけ教育勅語には松陰の思想が色濃く反映しているし、戦前の教育思想に松陰の影がちらついて見える。さらに松陰の革命思想は、近隣諸国に影響しており、蒋介石や韓国の朴大統領も松陰学を学んでいたという。

本書の中に何度も吉川英治の「我以外皆我が師」という言葉が登場する。獄中にて習字の先生に教わったり、松下村塾の教え子を諸友と呼んだり、この上から目線から遠いフラットな感覚は、教師であるという妄想上の鎧にがんじがらめになっている今の教師たちが大いに学ぶべき点だと思う。