オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび540

岡田直 監修「地図で読み解く京急沿線」を読みながら、思い出すこと1

 


まえがきより。阪神ファン、西武ファンと言えば、野球チームのファン。補足すれば一昔前の阪急ファン、南海ファンも同じ。けれど京急ファンと言えば、それは純粋に電車を愛する人々のことなのだ! と。

ところで横浜市内で暮らしているので、いくつかの駅には、それなりの思い出があります。そんな思い出話をしてみたいと思います。

まず現在は京急東神奈川駅と改称された仲木戸駅。名前からして宿場町を連想させるが、横浜紅葉丘合唱団が神奈川地区センターの音楽室で練習する際によく乗り降りしていました。1993〜2002年まで当合唱団の指揮者をやらせていただいていました。寺院が並ぶ細い道は昔の街道を思わせて風情があり、練習後はもれなく飲み会に突入する合唱団だったので、東神奈川駅そばの飲み屋にもよく通ったものです。その後転勤に伴い、とても練習開始に間に合わなくなってしまい、指揮者を退かせていただきました。この合唱団にはもう一つ練習拠点があって、当時の名前で横浜市婦人会館。こちらは南太田駅から少し歩いた所で、やはり京急で通っていました。近くには横浜国大の跡地もあったのですが、私は保土ヶ谷キャンパスに移転した最初の学生なので、南太田キャンパスを知りません。これまたスーパーの裏手にある飲み屋でよく合唱練習の打ち上げ会をしていました。

学生時代、木曜夜は弘明寺キャンパスでグリークラブの練習があり、当時は地下鉄ではなく京急で通っていました。本書によればお寺の境内の一角に駅ができたそうで、坂を降りてアーケードを歩いて行くと当時工学部があった弘明寺キャンパスに出ます。長いアーケード商店街は、空襲の被害に遭わなかったことと市電の終点と湘南電鉄(京急の前身)を結んでいたとのことです。現在は附属中が入っていますが、ズンズン奥へと進み誰もいないがらんとした学食で練習をしていました。ここもまた練習後はもれなく飲み会で駅裏の割田屋でよく先輩におごってもらっていました。懐かしいです。

 

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読みに来てくださり、ありがとうございました。バックナンバーに興味がある方がいらっしゃいましたら、以下のリンクに放り込んであります。

 


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