中西嘉宏「ミャンマー現代史」を読む3
スーチー政権は、大統領資格がないスーチーを国家顧問にする法案からスタートした。しかし、これは軍部を刺激した。憲法改正に拒否権をもつ軍部の権限がなくなってしまう。この法案を指揮していたコーニーが空港で撃たれる。続いて軍人の利権ポストであった閣僚ポストを大幅に削減した。
スーチー政権が目指したものは三つ。①少数民族武装勢力との和平、②民主的なものとする憲法改正、③国民の生活改善を目指す経済開発であります。
そして大前提として、非暴力による民主化推進なので、力の論理がものを言う軍部とは根本から対立しています。
その状況下で起きたのが2017年8月のロヒンギャ危機。ラカイン州で武力衝突が多発します。スーチー政権のほころびは、少数民族への対応から生まれました。議会で多数を占めることは、多数派であれば何をしてもいいではなくて、少数民族の思いに応えた政治をしなければならないわけです。ましてやラカイン州の人々は独立の道さえ模索し始めていたわけですから、失政の誹りは逃れられません。それでも2020年の国政選挙でスーチー率いるNLDは圧勝する。
予想通りとも言える選挙結果に驚いたのは軍部。この大方の予想通りが、なぜ軍部では情報共有されないのだろう。やはり縦社会の弊害なのか?
2021年.議会の招集を防ぐために焦った軍部は非常勤事態宣言を発令する。名目は不正選挙によって選ばれた議員の招集を防ぐ目的だ。前提としてミャンマーの憲法は軍部による非常事態宣言が可能であること(クーデター条項)を認めているのだ。ある意味長期にわたる軍事政権の産物であります。
拘束されたスーチーとウィンミン大統領に代わり、新たな独立政府NUG(国民統一政府).ができた。彼らはスーチーの非暴力路線を捨て、PDF(国民防衛隊)を組織して抵抗を続けている。
「自由、民主主義、法の支配」を旗印に価値観外交を展開していたのは、故安倍首相でしたが、ミャンマーは全く逆行した動きを現在も続けている。
一昔前、資本主義→社会主義→共産主義へと進むことは歴史の必然であると唯物史観論者が語っていましたが、歴史に必然はなかったのです。ミャンマー然り。軍という最大の暴力機関をいかにしてコントロールするのか、それは現在もなお人類に突きつけられた大きな課題です。
