オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび744

中村哲「わたしはセロひきのゴーシュ」を読む1

 


中村さんの話し方は、ありのままの現実を根拠にして語る。何か観念やイデオロギーとか政治的な思惑が先行することはない。

初めの章で医療活動を紹介している中で「裏傷」という言葉が出てくる。足の裏など見えないところにある傷のことだ。現地の人々は、経済的にとても苦しく靴が買える状況ではない。裸足なのだ。それでは怪我をしてしまう。中村さんは、サンダル工房を作り、安いスポンジサンダルを現地の人に配った。今の状況でできることは何なのか、それはよその国から靴を買って持ってくるのではなく、自分たちのところでサンダルを作ってしまうことだったのです。

国境は作為的なもので、パキスタンアフガニスタンさらにはカスピ海方面に向けて住んでいる人たちは同じ民族。しかし病気は国境を越えて広がる。当初パキスタンペシャワールを活動拠点にしていたが、やがてアフガニスタン側へ活動の範囲を拡大していく。病気には国境など関係ないのだから。

ところで「わたしはセロ弾きのゴーシュ」とは、何のことなのか。元の宮沢賢治の話はゴーシュがセロの練習をしているといろいろな動物がやってきて、ゴーシュは結果的にその動物の世話を焼く羽目になる話です。

ハンセン病患者を治療するために現地に赴いた中村さんが、結果的には現地に井戸を掘って乾ききった農地を潤す仕事に携わっている。最初はそのためにペシャワールにやって来たわけではなかったのに。そんな自分の境遇と行動をゴーシュに例えているわけです。

 


明日の投稿に続きます。

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