オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび746

野口三千三「原初生命体としての人間」を再読する1

 


私たちが好む好まざるに関わらず、すでにお付き合いが始まっているAI。生成AIは高度な知識処理能力や演算能力、言語表現力を有する。

しかしながらAIは肉体を持たない。だから変化し続ける肉体から発せられる新たな感覚やその言語化はできない。(と思う)

 


「私はしがらみのない政治家です」などと演説する候補者がいる。そんなことが可能なのかどうかは置いておいて、生活上のしがらみを減らし、心と身体を解放したいと感じている人は多いでしょう。そこで近くのジムに通ったり、足腰が衰えないようにご近所を散歩したり、いろいろ精を出しているわけですが、しがらみから解き放たれたいと願っている人にこそ、本書はお勧めなのです。

この世に生を受けてから、ずっと私たちの身体の自由を奪っているのは、重力。地球上それも陸上で暮らす以上重力の支配を逃れることはできない。逃れられないならいっそのこと、重力に身を委ねてしまってはどうか。それが野口三千三先生の発想です。

 


興味・関心・意欲。1990年代新しい学力観が唱えられ始めてからというもの、世の教育者たちは子どもたちの意欲をどのように引き出すことができるかという課題と取っ組み合ってきた。しかし、本書の「非意識」の項を読むと、話が転倒してくる。興味・関心・意欲は、自覚された意識であるが、それは非意識状態からにある身体の特殊な状態なのだと。意識化された感覚が上位にあるのではなく、それはたまたま非常的に誘発されたものであって、日常は非意識状態に満たされているのだと。

それでは思考・判断・表現、知識・技能などおよそ教育によって身につけようとしている力は。原初生命体である身体にとって不自然な状態を作り出そうとしていることになってしまわないか。

「そうか、だから勉強が大嫌いだったんだ」と、思わず合点してしまいそうだが、地球上の全生物のうち系統だった教育を次世代に課しているのは人類だけなので、おかしいと言えばおかしいのかもしれない。

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