オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび747

野口三千三「原初生命体としての人間」を再読する2

 


第三章 息と「生き」から、具体的な身体の動きを示して、ようやく体操の本らしくなってくる。それでも「腕立て伏せでの弾み上がり」とか「波の動き」などは、それまで多くの人がイメージしている腕立て伏せとは、まったく違うし、波の動きは自分がヘビやミミズになったような動きであります。

 


著者の身体論は、非常に独創的でおよそ一般的な体操のイメージとは真反対です。しかし、それだけに野口体操によって得られる独自の感覚を言語化することが難しい。論より証拠、実践してみて自分で感じるのが理解への最短距離でしょう。そしてそれは今まで得られなかった自分内部の動きを覚醒させることでもあります。

初めに概念ありき。言語先行ですっかり頭でっかちになっている現代人。何よりもボク自身が、新たな感覚を取り戻すことができたら素晴らしいじゃないですか!

 


第五章で「ことばと動き」について語られる。皮袋の中に感じられた個々の感覚をいかに音化・言語化するかという話。始めに言語ありきではなく、そもそもは体内の感覚があったはずという論法は、転倒しているようでいて、実は正論です。歌でも演技でも絶えず自分の身体感覚に問いかけ続けることで、自分の身体からしか湧き出てこない表現が立ち上がるのですから。

それをメソッド(型)を教える指導者の皆様が、このやり方で練習を積めば、必ず素晴らしい表現に辿り着くと宣伝されているのは、野口三千三論法で言えば、いかがわしい商法ということになる。

 


AIから溢れ出る情報が水攻めのように自分という城を取り囲んでいる現在、もう一度自分の内部に問いかけてみよう。今自分の身体は何を感じているのかと。その答えは流石にAIからは得られないはずです。

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