本書の後半は、私学校の生徒たちが弾薬庫を襲うところから、西南戦争の様子が語られていく。征韓論同様、西南戦争についても元々西郷隆盛暗殺計画に対する尋問が目的であるとされ、当時まだ陸軍大将のままであった西郷が兵を率いることは公人として問題ないことだと本書は記す。それが熊本城での抵抗にあって進めなくなってしまった。
実際の戦闘の指揮は、桐野利秋に任せていて、唯一指揮をとるのは延岡市北川村熊田での戦い。軍服を焼き、それまで連れてきていた犬たちを放ちます。圧倒的な政府軍を前に敗北と死を覚悟したのでしょう。
可愛岳に登り、山岳地帯を突破して城山の洞窟に籠ったのが、明治10年9月1日。
21日、河野主一郎が山野田一輔を伴い、政府軍の司令川村純義に会いに行く。助命を嘆願するつもりだったが、河野は決起した理由を述べるにとどまった。
22日西郷は各隊長を集めて、手書きの檄文を示した。これが西郷の絶筆となる。
24日午前4時、ついに政府軍の総攻撃が始まる。洞窟を出て岩崎谷へ向かう途中、西郷は銃弾を受け動けなくなり、別府晋介の介錯により自刃を遂げる。
薩摩琵琶の名曲「城山」や「西郷隆盛」を演じる時の参考になります。
西南戦争は政府による西郷隆盛暗殺計画の是非を談判するための行動ともいわれます。一貫して西郷は天皇に対して敵対することを避けようとしていました。けれど三万を越す兵力となった薩摩軍は、政府側からすれば恐ろしい賊軍でしかなかったのでしょう。しかもそのリーダーは明治維新の英雄であり、陸軍大将だったのですから。
最後に犬の話。上野公園の西郷像の犬はサワという雄犬です。ところが西郷さんが藤川天神にお参りに行った際に出会ったのが前田善兵衛氏所有のツンという牝犬。優秀な猟犬でやがて西郷像のモデルはツンではないかとのウワサが立ち、ツンは有名になってしまう。

犬が大好きだった西郷さん。飼育していた犬を全て調べ上げるのは、もはや不可能でしょう。ただ自分の像の脇に愛犬が寄り添っていることは、きっと喜んでくれていると思うのです。