チェット・フリッポ 柴田京子訳「Yesterday」を読む4
1961年10月28日午後3時、ブライアン・エプスタインのレコード店にレイモンド・ジョーンズという男が来て「マイ・ボニーというドイツで録音されたレコードがあるかな?」と聞く。だれのレコードかは知らないと男に聞くと「聞いたことがないだろうな。ビートルズっていうグループなんだ。」と答えた。
このエピソードは伝説になっている。なぜならエプスタインの店には、それ以前からビートルズを取り上げた雑誌「マージー・ビート」が置いてあったのだから。
エプスタインはキャバーンクラブで演奏していたビートルズに会いに行く。クラブの雰囲気自体が、清潔・潔癖であることが生活の大前提であったエプスタインの体験したことがない猥雑な空間であった。楽屋に会いに行くと、メンバーはエプスタインのことを知っていた。なぜなら客として彼のレコード店を何度も訪れていたから。
マネージャーとしてエプスタインがビートルズに仕向けたことはいくつもある。まずはデッカレコードでのデビュー、こちらは何と失格!
次に見た目で言えばスーツとネクタイを着せたことだろう。
1962時3月7日、ビートルズはBBCのラジオ番組を録音する。メディアに乗り始めた一歩でしょう。その一方でエプスタインは、レコード会社を駆け回っていた。たどり着いたのがアビイロードにあるEMIのスタジオ。そこでプロデューサージョージ・マーティンと会う。言うまでもなくビートルズの音楽になくてはならない人物です。
本人にとって、唐突で理解し難かったのは、ピート・ベストの解雇でしょう。本書では、この動きがベスト本人にとって、事前の通告がなくあまりにも突然すぎた様子が書かれている。そして、新たに招かれたのがリンゴ・スター。この四人組でビートルズば世界で最も有名なバンドにのし上がっていくわけです。
そこから先は、誰でも知っているサクセスストーリー。オヤジのあくびの守備範囲はここまでといたしましょう。
