エドワード・W・サイード 島弘之訳「パレスチナとは何か」を読む2
本書が日本で刊行されてから30年。その間パレスチナ問題について、何らかの明るい見通しが持てる進展はあったのか?
一部の人はオスロ合意の成果を思い出すであろう。しかし、あの時一瞬見えた希望はかき消えてしまい。現状ガザ地区への容赦がない空爆が続いている。もはや国連が指摘するようにジェノサイドなのだ。
本書で語られる出口の見えない現状、内側に閉ざしてしまった人々の心は、ますます悲惨さを極めている。
スムードという言葉が困難な状況下でも屈しない精神を象徴するとされていますが、我慢にも限界があるでしょう! と言いたくなります。
あまり知られていない話だが、パレスチナ人の大学進学率はかなり高い。それはハーバード大学で学んだ著者自身も同じだろう。教育によって身につけた知識技能を糧に生きる道を探っているのだ。
読み進めるうちに感じるのは、一国の中に幾つかの民族が共存するいう在り方が、なぜこんなにも困難を極めているのか? という疑問。
現にイスラエルを支援しているアメリカは、近年移民排斥に躍起になっているが、どう考えてみても多民族国家であり、それぞれの知恵やエネルギーを国力に反映させて発展してきた国でしょう。
自らの歴史や言語、そして宗教の正統性を主張するのは、民族のプライドとして正しいのでしょう。しかし、その考えの延長がなぜ他民族の排斥という行為になるのか。
たかだか私たちは地球という星の上に生まれた、たった一種類の生物に過ぎない。言語、宗教、文化の違いはあれど、自分たちのみが優越した民族であると言い出すのは、アーリア人を持ち出したヒトラーと同じではないですか。
本書には、パレスチナ人の苦悩を綴るサイードの文にジョン・モアの写真が添えられている。パレスチナ人の表情を映し出した写真は、読者に言葉だけでは伝えきれないメッセージを送ってきているようだ。
サイードは、音楽に造詣が深い人でグレン・グールドを信奉し、ダニエル・バレンボイムとも音楽活動を展開している。器楽にも言葉はなくピアノは音と響きでしか語れない。サイードは言葉だけでは困難な表現について、ジョン・モアの写真を添えながら考察を重ねていたのかもしれない。
