ブレイディみかこ「他者の靴を履く」を読む2
十数年前に勤務していた小学校で「セカンドステップ」プログラムを取り入れていて、ボクも何度か授業を参観させていただきました。一枚の子どもが写っている写真を見せて、その時の様子や気持ちを想像させる学習でした。
エンパシーが身につけることができる能力であるとするならば、セカンドステップもその一つのプログラムなのかもしれません。
コロナ禍の除菌アイテム、トイレットペーパー、食料買い占めをれいにひきながら著者は言う。
他者の靴を履き、自分以外の人々のことも慮って行動したほうが、結果的には自らのためにもなる。つまり、「利他的であることは利己的であること」というパラドキシカルなリンクがここでも浮かび上がってくる。
著者の視線がいわゆる貧困層を見つめ続けていることは確かだし、自由を追い求める発想の背景にアナキズムにつながる系譜も読み取れる。そして人々の生活においてなくてはならないエッセンシャルワーカー(キーワーカー)を本書ではグレーバーの言葉を借りてケア階級と呼んでいる。
グレーバーの講演で感動的だったのは、彼は「ケア」と「自由」は繋がっていると明言している点だ。
互いをケアし合い生きていく人々の世界は、人々が互いを自由にする世界ともいえる。アナキストであるクロポトキンの相互扶助の考えとあい通じるところがありそうな気がします。
筆者の書きぶりは、コントロール(抑制)が効いていて、さまざまな研究成果や学説を、常に一定の距離を保ちながら紹介している。
様々なバイアスに囚われないで、自由な立ち位置を保ち続ける姿勢が、文章の進め方からも垣間見える気がします。
来週に続きます。
