飛鳥井雅道編「大杉栄評論集」を読む2
大杉栄が極度の吃音であったことは、よく知られている。生声では伝わりにくいことを文章に変えて、自分の思いを発信する。それが大杉栄のスタイルになったのでしょう。
そして何よりも精神の自由を守り抜こうとしている。大杉栄は一般的に無政府主義者として知られているが、「僕は精神が好きだ」の中にこんな言葉が出てくる。
「・・社会主義も大嫌いだ。無政府主義もどうかすると厭になる。」
本書の後半は労働運動について語られている。おりしも大阪生コン訴訟の判決が報道されて、改めて経営者に対する労働者の闘い方がクローズアップされたと思う。
大杉栄は関東大震災の二週間後に甘粕によって殺害されているので、昭和の時代、そしてその初期の不況を知らない。それでも大正米騒動後の労働運動の盛り上がりのツケと景気の悪化に伴う労働運動の停滞を預言しているのは、なかなか大したものだ。
景気変動にどう対応するか、社会主義経済を実行しようとしたレーニンが苦戦したように、労働運動を推進するリーダーにも経済学は必須科目でしょう。
ただ賃上げが実現しても実際の生活が豊かにならなければ意味がない。100年余りを経て、日本の労働運動はどのように進化したのでしょうか?
大杉栄は、白樺派の掲げた理想と現実、そして労働文学に対して、自らとの距離を置き批判する。そして彼らの立ち位置が労働運動に対して、リアルに捉えきれていない点を厳しく問うのだ。
さて現在、官公庁で組合離れが進み、中小企業は大手の組合が勝ち取った賃上げによって経営難に陥ってしまっている。
おまけに物価の上昇は賃上げ率を上回っているので、生活が楽になった実感がない。今の日本の現状を大杉が見たら何と言うだろう?
