オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび783

大杉栄「獄中記」を読む。

 


「前科割り」とあだ名された看守の話から始まる。大杉栄をはじめとして、この時代の運動家たちは多かれ少なかれ、監獄生活を経験しているのだ。

初陣とタイトルされている初投獄の際に、牢の様子を紹介している文が出てくる。

「これは上等だ。コンフォルテブル・エンド・コンヴェニエント・シンプル・ライフ!」だそうで、文章全体にまるで投獄を楽しんでいるかのような栄の気持ちが感じられる。

栄は監獄でいろいろな囚人と会う。死刑囚、出歯亀、強盗殺人、紙幣偽造、詐欺老人(もちろん被害者ではないだろう)。

栄か入っていたのは、東京と巣鴨の監獄。東京監獄とは市谷にあった監獄で、時代を遡ると小伝馬町にあった監獄が市谷に移されたらしい。さらに千葉監獄というところにも行く。

 


転んでもただでは起きないというか、監獄生活をいかに過ごすかについて、こんな一文がある。

元来僕は一犯一語という原則を立てていた。それは一犯ごとに一外国語をやるという意味だ。最初の未決監の時にはエスペラントをやった。次の巣鴨ではイタリア語をやった。二度目の巣鴨ではドイツ語をちっと嚙った。

 


栄の知的好奇心は止まるところを知らず、さらに社会学、生物学、比較人類学を学びたいなどと書いている。

 


その後獄中にいた時に大逆事件が起こり、栄は検挙を免れる。

そして出獄した時に、彼は言葉が出ない人に変わっていた。大杉栄の吃りは獄中生活が原因だと彼自身は書いている。

 


本書の内容を、いわゆる思想犯に対する刑罰が厳しかった時代の話として片付けていいのだろうか。現在だってミャンマーでスーチーさんは軟禁状態からだし、数え挙げたらきりがないくらい実例があるだろう。けれど世界でもっとも貧しい大統領と言われたウルグアイのムヒカさんが、やはり13年近く収監生活を送っていたように国の新たな未来を創る人物が獄中にいる場合があるのではなかろうか。

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