「鉛筆削り」
この作品について何か書くことは、結構難しい。何せ見開き2ページしかないのだ。鉛筆削りにこだわる水道の修理屋さんの話。結果的に主人公は長年使っていた鉛筆削りを交換してしまうのだが、ボク自身にも小学生の頃から使っている鉛筆削りがあったっけなどと思い出しながら、あっという間に読み終えてしまった。
「タイム・マシーン」
「鉛筆削り」の続編。二篇をセットで読むべきかな? 今度は電気こたつをタイム・マシーンと言って、交換する話。
その後、しばらく見開き2ページのナンセンスというか、シュールな作品が続く。巻末の後付けには、こういう作品を書かずにいられなくなる時があり、僕(=村上春樹)という人間の避け難い一部なのだそうだ。
「緑色の獣」は、主婦、つまり女性が一人称で書かれ、庭の穴から這い出してきた緑色の獣を甚振る(いたぶる)話。作者の女性観が投影している気がする。
「沈黙」
この話は、ボクシングの経験がある大沢さんの話。そして彼が中高生だった頃の経験を語る独白によってできている。優等生の青木を快く思っていなかった大沢さんは、中二の頃、英語のテストで一番を取ったことをきっかけに、言いがかりをつけてきた青木を殴ってしまう。
それから数年、高三の時に同級生が自殺し、青木の陰謀によって容疑をかけられた大沢さんは警察に呼ばれてしまう。もちろん後にも先にも人を殴ったのは中二の一回きりなのだ。警察に呼び出されたことで大沢さんは、学校で皆から無視され続ける。
しかし、ある時地下鉄で乗り合わせた青木との睨み合いによって、ふと誇りを取り戻していく。ざっとこんな話だが、作者の意図に反して、同じように追い込まれた青少年によって読まれているのはよくわかる。村上春樹にもこんな話があったのだ。
「かえるくん、東京を救う」
多くの人々の死にかかわる重い素材に、何年もの間作家としてとりくんできた。そんな中で僕はこのようなひどく現実離れのした、ある意味で荒唐無稽なファンタジーを書かないわけにはいかなかったのだ。現実から目を背け、どこかに逃避するということが目的ではない。むしろ逆で今ここにある現実にはもっとふかくつつこんでいくためには、物語という通路を使って、このような心の「とくべつな領域」に下りていく必要がどうしてもあったのだ。それはかえるくんが実際に住んでいる領域であると村上春樹は語る。
かえるくんは片桐さんと協働することで、みみずくんが引き起こす大地震から東京を救う。この話は新海監督の「すずめの戸締まり」にどこか似ている気がしました。
