重松清「はじめての文学 重松清」を読む2
「かたつむり疾走」
時代設定的にはバブルが弾けて、勝ち組とか負け組とか、自己決定自己責任とか、イヤな感じがする言葉が撒き散らされていた時代の話。
ボクは、学校に勤務していて、職業的には勝ち組でも負け組でもない、けれど確実に職業的には信頼感を失っていく時代に身を置いていた。高収入であるとかその逆であるとか、いう物差しではなく、人が人に何が伝えられるのかを考え続ける仕事に身を置いていたことを、ボクは後悔していない。
さて物語に戻ると、親父が大企業からリストラされた浩樹。親が離婚し父とは音信不通の和美。この二人が高校生目線で幸せとは何かを問うている。
かたつむりとは、ホームレスのボブちゃん(本名不詳)のことで、和美が絡まれて警察沙汰になった時に、すごい速さで疾走していたことが作品のタイトルになっている。
ルールという言葉も出てくる。人に同情をかける行為や人が思い悩んでいるところに無遠慮に踏み込んでしまうことが、この作品上ではルール化され、禁じ手になっている。
だいぶ時代が変わり、「強く豊かな日本」になるのだそうだが、バブル前後の浮沈で学んだことは忘れないでいたいと思う。
「ライギョ」
いじめは一向になくならない。死者が出たことで、文科省の命令一下全国の学校で「先生方」が「いじめはダメ」と指導してもなくならない。
ちょっと変わった人がいて、ちょっかいを出しても反撃してこないとエスカレートしてしまうのだ。
この話のタカギくんのように。中1生を小5がからかうというのも如何なものかとは思うが、小5の中にも人間関係の強弱があって、タカギ2世にさせられそうな主人公は、けしかけてくる佐藤の悪ふざけを断れないのだ。
いじめって、ちょっとしたことで上下関係が生まれてしてしまう世界の産物なのだ。
しかもお互いに秘密厳守でなかなか愚痴を割らないので、大変なのだ。
さて、タカギくんがため池でカエルのおもちゃをエサ?に釣ろうとしているのが、ライギョ。主人公は佐藤にそそのかされて、石を池に投げ、よけたはずみでタカギくんは池に落ちてしまう。
主人公のお父さんもライギョを釣る人なので、ため池に放ち、それをタカギくんが釣ったことになっているというお話。
ある時ついにタカギくんがキレて喧嘩になり、怪我で入院するわけだが、話的には雷を呼ぶライギョ伝説と怒ったタカギくんを重ねているのだろう。
