しんめいP「自分とか、ないから」を読む
断言できるのは、著者はファミチキが大好きなので、この本にはすぐファミチキの例えが出てきてしまう。ファミチキを食べながら深遠な東洋哲学に想いを馳せているのだ。
少し心配になるのは、修行中の僧侶とか、本書を手にしたらどう感じるだろうか?
ファミチキの次によく出てくるのが、著者がもぐりこむ「ふとん」。
チームプレイができない著者は、小学校でバスケの体験入部から追放され、中学では部活に入らず、会社をひっそりと辞めて、島の教育事業、R-1グランプリへのチャレンジも上手くいかなかった。そして「ふとん」にもぐりこむ。
しかし、なぜかそんな筆者の半生に、龍樹の説く「空」の思想が、「それでいい」と都合よく寄り添っている。
解説で鎌田先生が書いているが2章と4章は、しんめいさんらしいはっちゃけた表現が見られて楽しい。読者がもとめているのは、小難しい宗教の案内ではなくて等身大の今の生活者にフィットしたアイデアなのだ。
そこで第4章。禅思想を彩るスーパースターは、見た目が怖いから「ほぼヤクザ」扱い。
不立文字、つまり言葉は要らない禅思想を本の中で表現するために、真っ白なページが挿入されている。
そこまでやりますか? しんめいPさん!
