オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

ピアニスト辻井伸行が描き出す世界  1

 ピアノは「楽器の王様」である。それも童話に出てくる王様のように、かなりわがままで横暴なところがある王様なのだ。彼は何にをしたって構わないのである。ピアノに出せない音なんてないのだから。ほとんどの楽器が、一度には一つの音しか出せないのに対して、ピアノは、いとも簡単に一人でオーケストラを演じてしまう。楽器の構造が、スタインウェイによって現在の形に完成されてからは、他の楽器との能力差があまりにも大きすぎて、もはや向かうところ敵なし、不滅のチャンピオンと言った存在なのである。
 
 ただ、この楽器を自由自在に操り、思い通りの音楽を引き出すことは決して容易なことではない。まず、基本が打楽器(ハンマーで金属の弦を叩いて発音する)なので、微妙なタッチがすべて音色に反映されてしまう。ジャカジャカ弾くのは、ある程度できても、繊細なppを聴かせるのは、それなりの修練と技巧を伴うのだ。
 打楽器なのだから、一度叩いてしまったら、もはやそれっきり。二度とその音を「なかったこと」にすることはできない。ミスタッチとして記録されてしまうのも、自在な表現力と引き替えに、この楽器が演奏者に強いる罰の一つであろうか。

 さて、生まれた時からまったく視力を失っているピアニストが、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したというニュースが、6月上旬世界を駆けめぐった。ご存知、辻井伸行さんの授賞である。その後、テレビ・新聞は、連日彼のニュースを採り上げ、彼が演奏するコンサートはあっという間に売り切れとなり、CDやDVDの売り上げは鰻登りと、来るべきスターを待ちかねていたかのように、「辻井旋風」が駆けめぐっている。