大澤真幸「私の先生 出会いから問いが生まれる」を読む4
七人目 親鸞
あるとき弟子の唯円が、実は念仏していても喜びはなく、往生したい気持ちにもなれないと打ち明けると、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこゝろにてありけり」と答える。親鸞は、自分も唯円と同じだ、と答えたのだ。これは驚くべき回答だ。弟子が、教師に、普通だったら今さら質問できないような、基本中の基本のことを思い切って尋ねたところ、教師は、「お前もか、実は俺もわからないんだ」と回答されたようなものだからだ。
弱みをさらけ出したようなこのやり取りは、心理的な鎧で身構えて、子どもたちに接している教師の真逆であります。
この章のキーワードは「不信」。宗教を論じながら、信じ抜くとは何なのかを問うているのが重要だと思います。なぜならその問いの不足こそが、宗教に全財産を貢ぐ人々を再生産しているように感じるからです。
十字架の上のキリストは神に対して叫ぶ。なぜ自分を見捨てるのか?と。
神と人間という最大の差異は、神それ自身の内的な差異でもある。ということは、神は、何ものでもありえず、「無」であると言うほかないのではあるまいか。
さらにこの章では、人と人との関係性の中にこそキリストが宿っているのであり、親鸞の教えに対しても、共同体の再構築・超越性の脱構築という文脈で語られる。そこに法然上人との違いを見つけているのだ。
それは浄土宗・浄土真宗という派を超えて、広く世界が必要としているテーマだと思う。
八人目 織田信長
親鸞の次が、一向門徒を容赦なく虐殺した織田信長という並べ方に驚いてしまう。
まず前段で武士が天皇への求心力と遠心力のバランスの上に存在していたという「武士とは何だったか?」論を語り、織田信長がそれに当てはまらないと話す。
彼に続く覇者の秀吉、家康は権威としての天皇の求心力を利用した。しかし信長だけは自身の求心力の中に天皇を置こうとしたのである。ある意味そんな恐れ多いことを企てたのは、信長しかいない。
天皇を中心に据えた歴史が大きく針を振ろうとしていた時に、本能寺の変が起きたのであります。光秀にそこまでの歴史観があったかどうかはわからないけれど。
