オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

何が気になる?何を気にしている?3

センサーは、嫌な不快なことも当然検知する。セクハラ、パワハラ、いじめ問題等、多くの人権問題に共通する点は、そもそもそのことを問題として感知できるか?という出発点での大きなズレだろう。
財務省事務次官によるセクハラが話題になり、被害者は名乗り出てくださいと大臣が公言する。それが素知らぬ顔で可能なのは、被害者が感じている不快感、差別感がまるっきり共有できないからだ。
まず、個人の資質に発言の原因が考えられる。これはかなり処置に困る。警察が検挙する犯罪と違うところは、悪いことかどうか?本人の自覚がないことだ。国会での答弁にもその一端が伺える。
二次的な原因として、権力を持ったことによる感性の磨耗、男性優位な集団での非常識な日常を考えてみたい。財務省官僚は、今も昔もエリート中のエリートである。なぜなら国家予算の実際の振り分けは、政治家を経由して彼らに委ねられているからだ。当然、高い事務処理能力が求められる。いわゆる頭がいい人たちである。なぜ頭がいいはずの彼らが、ここまで鈍感なのか?財務省をはじめとする官公庁の職場実態はどうなっているのだろうか?

私はお友達に財務官僚がいないのでわからないけれど、彼らは職場内でどんな会話を交わし、休日はどのように過ごしているのだろうか?それが非人間的に追い込まれた生活であるならば即刻改善しなければならないと思う。
働き方改革という謳い文句が先行しているけれど、厳しいギリギリの状況で働かされているところに歪みが生じている。私が世話になっている教育現場然りである。潤いがある、最低限の自分らしさを保証してくれる職場でなくて、どうしてポテンシャルが発揮できるのだろう。

それでも、誠に残念ながら、セクハラ、パワハラは起きてしまうだろう(もちろん容認しているわけではない)し、告発されていないだけで、全国津々浦々で起きている。加害者を弁護する気持ちは毛頭ないけれど、人間は、体内に溜まった毒ガスを抜きながら、小爆発させながら、それなりに生き延びてきた生物なのだ。もちろん否定、改善しなければならないが、犯罪や戦争が地球上からなくならないのと同様に、ずっと悩み考え続けていかなければならない問題なのだとも思う。それは、法律を作ったから、道徳教育を充実させたからおしまいという話ではない。