オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび651

坂本龍一「音楽は自由にする」を読む2

 


坂本龍一さんは自由劇場繋がりで、やがて鈴木茂に会うのですが、それまで「はっぴいえんど」を聴いたことががなかったと告白しています。正直クラシックバリバリ芸大作曲科卒業の坂本とポップミュージックどっぷりの仲間との間に辿ってきた音楽履歴の溝を感じます。だって「はっぴいえんど」は、すでに新しいポップスの開拓者として広く知られる存在だったわけですから。続いて山下達郎に会い、大瀧詠一に会い、ようやく本書に細野晴臣さんが登場するのですね。クラシックとポップスの溝と書きましたが、それをラクに跨ぎ越えて行ったのが坂本龍一その人なのだと思います。

YMOで登場する直前に「千のナイフ」というタイトルからして尖ったアルバムを作っています。このままスタジオミュージシャン生活を続けていいのか? 自問していたのでしょう。

YMOから戦場のメリークリスマスへの出演と音楽、さらにはカンヌ映画祭が縁となったラストエンペラーへの出演と音楽。この時期の坂本龍一について、私たちはよく知っているつもりでいるし、記録も残されているので割愛しましょう。

面白いのは、コンピューターへの打ち込み音楽で一世を風靡したのに、その類いの音楽から距離を置くようになるところです。一ヶ所にとどまっていない落ち着きのなさに、底なしのエネルギーを感じます。ちょくちょく居場所を変えているレオナルド・ダ・ヴィンチ、引越し大好きの葛飾北斎ベートーヴェン・・夏目漱石。才能豊かな人は概して落ち着きがないのです。

なぜ落ち着きがないのか? ボクなりの推論ですが、本能的に自分にリセットをかけている気がします。以下坂本龍一さんの足跡から、ボクの心に引っかかった言葉。

バリ島の伝統音楽について長老の言葉「バリ島にはプロのミュージシャンは一人もいない」お金をもらって音楽をやるようになると芸能が廃れる。すごく自覚的に音楽を商品化しないようにしている。共同体が長い時間をかけて培ってきた音楽には、どんな大天才も敵わない。

もう一つ、9.11テロをニューヨークで経験した後の言葉。やがて歌が聴こえてきたのは、諦めからです。テロから3日経って・・ろうそくを持って街のあちこち立って黙祷をする、音楽が現れたのはそれからでした。喪に服するために、葬送という儀式のために、初めて音楽が必要になる。芸術の根源を見たようでありました。

クラシック畑出身であることの関連するでしょうか、絶えず「音楽って何だ? 今自分が発信している音楽はこれでいいのか?」を問い続けた一生だったと、本書を読んでその感を深くしました。

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