オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

ミューズの神が宿る時1 子守歌(前)

「ベルタ」、それは、ヨハネスにとって、なつかしさがこみ上げてくる名前だった。実業家の元に嫁した彼女が次男を出産したというニュースが伝わってきたのだ。
 そう彼女との出会いは、もう10年も昔に遡るだろうか?ニ短調ピアノ協奏曲の評価が一向に芳しくなく、恋人とも別れ、すっかり塞ぎ込んでハンブルグに戻ってきた頃のことだった。
 1年ほどハンブルグを離れていた間に、しっかりした合唱団に変容していた女声合唱団の中に「ベルタ」はいた。庭先からきこえてきた女の子の歌声が、きっかけとなって作った女声四重唱のグループが、1年後40人に及ぶ合唱団になっていたことは、ヨハネスにとって予想外の喜びであった。ヨハネスは、無報酬で合唱団の指導に関わり、合唱曲も書いた。
 ヴィーンの生まれのベルタは、陽気で明るい気質の持ち主で、北国の港町育ちのヨハネスは、自分とは対照的な彼女の性格が好きだった。ベルタは、よくヴィーンのワルツを歌ってくれた。その軽くて洒落たリズムと旋律は、野暮ったく重々しい旋律しか書けない自分にとって、大きな刺激となり記憶に焼き付いていたのだ。