矢作直樹「おかげさまで生きる」を読む
著者は救急の現場で、多くの死や蘇生に立ち会ってきた方です。けれども書かれている内容は、お医者さんと言うよりは、お坊さんの説法のようです。
例えば「しかたがない」と言う言葉は、諦めの境地で使うのではなく、自分の力でどうしようもない状況に際して、それもまた人生と、まずはその状況を受け入れることで大きな学びを得ることができるとおっしゃる。
救急対応のお医者さんとして、臨終の場に立ち会うことは仕事柄ほとんど日常でしょう。家族に責め立てられた経験もさぞかし多かったことでしょう。困った時にこそ本性が出てしまう、そんなご家族を前に「しかたがないものはしかたがないのです」と心の中で呟かれるのかもしれません。
信長が本能寺で光秀に襲われた時に「是非に及ばす」と言ったそうですが、これも「しかたがない」と同義です。
ちなみに筆者は、1956年生まれで私と同い年なのだけど、寿命について、平均寿命まで生きることを目標にせず、同じ時間で何を学んだのか?質が問われるのだと言う。そのためには、60歳になったら余命という捉え方が良いらしい。
反省すれども後悔せず。成功も失敗もいつまでも抱え込んでいないで早めに手放しなさいと、筆者は言う。なかなか難しそうだが、できたらいいなとも思う。
人生は見返りを求めるギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブともおっしゃる。与えたことを忘れてしまえば見返りも求めないでしょう。そして、しがらみを一つ手離して、実はどうでもよかったことと感じられれば、孤独感分離感に苛まれることもないと言う。
でもね。みんなそこまで悟りきれない、吹っ切れないから七転八倒を繰り返していると思うわけ。そんな私にダメ押しのように最後の頁でアポトーシスを説く。これは人間の身体が常に新しい細胞に入れ替わる仕組みのこと。つまりいつでも、そう今からでも生まれ変われると筆者は背中を押してくれる。愛国心や神道に対する考えは、私としては立ち位置の違いを感じたのだけど「.生まれ変わるのは今でしょ!」は、なかなかいい感じだと思いました。