オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび345

島田裕巳神道はなぜ教えがないのか」1

 


何でも疑ってみるところから、好奇心は芽生えることが多い。開祖・宗祖、教義、救済が「ない」神道とは、何なのか? そもそも宗教なのか? この辺りが筆者のスタート位置だと思う。

初めの祭りの場所は岩の上。建築物として今のお社の形ができる前、沖ノ島や奈良の大神神社=三輪山を例に岩の上や周りで祭礼が行われていたと筆者は考える。登呂遺跡や吉野ヶ里遺跡には神殿はなかったと考えているのだ。ちなみに大神神社三輪山御神体なので、拝殿はあるが神様を安置する本殿はない。

続いて、熊野の神倉神社の火祭りが紹介される。ここも御神体が大きな岩なので拝殿はあるが、本殿はない。一度見たいが、祭りの際に神社から駆け下りてくる松明の列が龍のように見えると言う。筆者は、火=炎が信仰の対象となっていることが神道の大きな特徴だと言う。