布施克彦・大賀敏子「なぜ世界の隅々で日本人がこんなに感謝されているのか」を読む
本書に初めに登場する国は、マーシャル諸島。アメリカによる核実験の影響を受け、日本の第五福竜丸が被爆したことで知られる。最近では温暖化による海面上昇の影響が深刻だ。そこで金物屋を営む、元日本人で現マーシャル人から話が始まる。
タイトルから想像できるが、本書にはG7に代表される先進国は登場しない。最近あるニュースで知ったのだけど、G7合計のGDPより非G7である国々の上位7ヵ国のGDPの方が大きいという。世界はGDPを中心に動いていると勘違いしてはいけないのだ。
南アフリカで現地の識字率を上げるために活躍しているハスヌマさんが第2章に登場する。日本では、活字離れ・図書離れが叫ばれてから久しいけれど、それは文字を読める人口が多い国の贅沢な悩みかもしれない。まずは識字率を上げることが優先課題の国は多いのだ。
本書の半分はアフリカ諸国で活躍する日本人の話題で占められている。続いてナイジェリアが登場。林家木久扇師匠のダジャレで有名な国だが、具体的な様子は私も含めて知らない人が多いだろう。中国企業が積極的に活動する中で、日本の味の素がナイジェリア人の味覚に食い込もうとしている。美味しい! 旨い! という感覚は、一度味わったらもう一度経験したくなるわけで、さてこれからどうなりますか?
著者は肩書きや地位ではなく総合的な個人力に価値があると言う。また教員の話になりますが、日本の小中学校の先生方は、管理職以外名刺を持たない。肩書きや学歴で授業しているわけじゃない。私は地元の教育学部を出て教員になったのですが、確かに先輩後輩はどの学校にもいるけれど、その人間関係が利己保身的に役に立ったことはない。総合的な個人力がものを言う職場なのだ。アフリカで柔道の道場を開いた人、インドの地方語で歌を歌う人、相互理解に壁が立ち塞がる中で、己の得意な好きな分野を活かして、現地の方との間合いを詰め、一体化する。これも総合的な個人力と言えるのではなかろうか?
本書を手に取った時「だから日本人として誇りを持って、力を発揮しましょうよ!」という応援団的目線をボクは感じてしまっていた。でも本書のタイトルは「世界の隅々の人と同じ目線に立とうとした日本人」と言い直せそうだ。それはもはや一人称が日本人である必要さえないのかもしれないが。