オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび619

森直実大道芸人」を読む

 


凡人の予想をはるかに上回る凄い芸人、野毛大道芸で活躍したパフォーマーが次から次へと登場する。しかも彼らの紹介文を執筆しているのは、名のある作家たちなのだ。一人ひとりの列伝の中に命を張った芸に賭ける生き様が見て取れる。綱渡りをしながらの火吹きなど、一歩間違えば即救急車なのだ。

どんな芸人さんが出ているかって? 三味線の伊藤多喜雄さん。中学生に「南中ソーラン」の歌手と言えば、どこでも通じる人だ。帽子芸の早野凡平さん。秒刻みで仕切られているテレビより大道芸の空気感ががお好きらしい。「落ちぶれて大道芸に出ている」と呟いていた観客がいたそうだが、それは違うだろう。大道芸のライブ感はテレビに勝るのだ(想像だけど)。この本は1997年の出版だから、往年野毛大道芸を彩ったスターにも鬼籍にはいられた方がいらっしゃる。凡平さんのことは、この本の中で亡くなられた時の様子が紹介されている。

ボクがむごん劇にお邪魔した後、しばらくして野毛大道芸が始まり、マイムの師匠であるイクオ三橋氏は火吹き芸の最中顔面に大火傷を負ってしまう。この事故の後はプロデュース業に徹することになったと本書には書かれている。他の芸も同様に絶えず危険と隣り合わせの表現が多い。それでも芸人は大道芸に自分の生き場所を求めて集ってくる。勤め人の安定した仕事や収入と、大道芸人はおよそ真反対の生き方をしている。もうその世界から抜け出せなくなってしまったかのように。

さて安定した生活なのか? よくわからないが芥川賞作家で大学教授の荻野アンナ氏は、野毛大道芸に登場すると、怪しげな演劇の役者に変身する。「豪華絢爛、花のウイストサイド一本刀土俵入り物語」とか「花の次郎長 野毛山水滸伝」などで、後者にはマリリン・モンロー役で出演して、スカートを捲り上げている時に、観客の中にゼミの学生がいたと言う。

1994年にはクラリネット演奏で出演した筒井康隆(自作曲 美藝公等を演奏)に、山下洋輔が飛び入りで借り物のピアニカを合わせた奇跡のようなシーンがあったと言う。

生きていることを深く実感する方法は、他に幾つもあるだろう。けれど大道芸の魅力に取り憑かれた人は、もう二度と沼から抜け出せない。本書に登場する芸人さんたちは、その破天荒な生き様を通して語りかけてくるのだ「面白いぜ!」と。

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