オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

フルトヴェングラー 1947・5・27の運命を聴く

 クラシック音楽は、作曲家の残した楽譜を基に演奏する。だから、作曲家が人々に残してくれた音楽を楽しめれば、それで十分である・・と考える人が、いらっしゃるなら、それは少々もったいない話である。例え同じ曲の演奏であっても、演奏された時代、演奏者、録音方法その他によって、作曲家の残した音楽は、まったく違う形で再創造されているからである。
 だから、ベートーヴェンであれば、誰が弾いてもそれなりに・・すごいのではなくて、せっかく時間をかけて聴くからには、世界最高の演奏を鑑賞したいと思うのである。ましてや小さい子どもたちに初めて、クラシック音楽を聴かせるときなどは、細心の配慮が必要だと思う。

 さて、押しも押されもせぬ二十世紀最大の指揮者フルトヴェングラーは、運命の録音を結構たくさん残している(12回)。カラヤンのように録音が大好きであったという伝承は、まったくないが、当時最高の演奏を何とか記録に残しておきたいという周囲の思いが、録音回数に結びついているのであろう。録音方法は、スタジオ録音あり、ライブ演奏ありだが、それぞれ同じ指揮者であるにもかかわらず、細部が微妙に異なる。即興性を重視し、前回の演奏の振り返りを常に次の演奏に生かそうとしていた大指揮者の面目であろう。

 1945年、ベルリン空襲による停電で演奏が中断するという状況下でも、まだ音楽活動を続けていた指揮者は、ついに亡命を決意する。それ以来、楽団員・聴衆にとって心の支えであったマエストロの居所は、誰もわからなくなってしまったのである。やがて戦争が終結し、指揮者の帰国を待っていたのは、楽団員・聴衆の前に、まず裁判であった。戦争中も国内にとどまって演奏活動を継続していたことにより、ナチスドイツへの協力を疑われたのである。
 晴れて無罪となり、ベルリンの楽団員・聴衆の前に姿を現したのが、1947年5月のことである。このCDには、4日間続いた演奏会のうち、3日目の演奏が録音されている。

 長い間の鬱憤を晴らすがごときエネルギーと、時代の運命から解放された喜びが、演奏から伝わってくる。第一楽章の運命の動機は、のっけから飛び出す楽団員がいるのだが、そのようなミスを意に介すことなく、演奏はどんどん前進して、素晴らしい盛り上がりを展開する。(ちなみに、このアインザッツが不明確なことによる出だしの不揃いは、振ると面食らうなどと揶揄されているが、同時に他の指揮者では決して出せない独特の緊張感を創出している)
 圧巻は、第4楽章で、最後のコーダに向かう、アッチェルランドは聴き手を否応なしに高揚させる。もし、聴衆の一人として演奏会場にいることができたら、忘れ得ない体験となったことだろう。

 生憎、すべての名演奏が展開されている演奏会場に足を運ぶことはできないし、物理的に不可能なのである。そこで録音を通して、その一端を伺い知ることができるのは、とても有り難い。

 冒頭に戻るが、いつだれがどのような演奏をしたか、その情報が重要なのは、即興を旨とするジャズに限った話ではないのである。