大切なんじゃないかな? ①
なぜ?どうして?を探しに行こう!
誰かがが新たな問いを発したときに、時代は動いた。電気の力で明るく照らす道具ができないか?とエジソンは問いを立てた。ノーベル賞受賞者の業績も皆新たな問いを発したところがスタートでしょう。
けれども問いを立てる能力を育成するのは、なかなかに難しい。まずは教育だが、教室で不思議な質問ばかりしていたエジソンが学校教育に馴染めなかったのは有名な話。先生方が想定している枠に収まらない問いが、子どもから出てくるのだから迷ってしまったのだろう。
やはり有名な話だが、数学者ガウスの少年時代。自習課題として先生が出した問題を瞬時に解いたガウス少年の特異な資質を見抜き、彼を学びの道へと導いた人々がいた。これはすごい!
まぁそんなもんかな? だって「それって当たり前でしょ!」からは、なかなか問いは生まれない。特に年齢を重ねてしまうと、いちいち疑っていたら身がもたないので、問いを立てると言う喜びを放棄してしまうのだ。
それを惰性で生きていると言うのかもしれない。自戒を込めて。