オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび570

二宮敦人「最後の秘境 東京藝大」を読む

 


学生としてではなくて、小泉文夫記念資料室の見学者として音校キャンパスに入ったことがあります。練習室が並んでいたことや入口まで迎えに来ていただかないと入れなかったことを覚えています。しかしこのセキュリティーの高さは道を挟んだ美校とはだいぶ違うらしい。本書は目を丸くするような美校生のエピソードと「さすがやなぁ」とひれ伏すしかない音校生のストイックな生き様が満載なのです。

藝大に対する作者の関心の起点は他でもない作者の奥様なのです。この作品が描かれた当時奥様は藝大の彫刻科に在学中。自宅アパートに鎮座する木彫の亀の話や顔面に半紙を貼り付ける型取りなど、一般的な市民生活ではなかなか居合わせることが困難な体験が綴られていく。それは本書に出現する藝大生全てに特徴的な行動で、思いつきと行動がほとんど同時進行で、成功失敗という尺度では測れない結果を楽しんでいる気がしてしまう。今時の言葉で言えば「沼にハマる」ことが、表現活動の前提になっているみたい。

アートの世界では、無駄とか役に立たないは禁句。「それを言っちゃあ、おしまいよ。」先端芸術表現科の作品が粗大ゴミになってしまう部分を読んで、彫塑をやっている大学の同級生が作品の置き場に困っていると呟いていたことを思い出した。美術は作品が形になるけれど、音楽なんてそれこそ音は出した瞬間から、あっという間に消えていってしまうので、結局は瞬間芸なのだ。残るか残らないか後先のことはわからない。けれどその場に何かを表現をしたい自分がいれば、それでOK! 本書にはそんな若者たちの思いが溢れ出していました。

古代ギリシャの時代には、学問全体をマスマティックス(=今は数学という意味ですが)と呼び、そこに哲学、科学、芸術が含まれていたらしい。学びに向けて人の心を突き動かす根本が、藝大の中では息づいているように感じました。

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