オヤジのあくび

タケさんの気楽に行こうよ道草人生の続編です。

オヤジのあくび821

日本戦没学生記念会編「きけわだつみの声」を読む。

 


戦没学生は、学業が本職なだけあって語彙が豊富です。文章も硬い印象がありますが、この中から朗読にふさわしいのはどこか、自分なりに探して、提出したのが以下の箇所です。

 


母への最期の手紙

親思う心にまさる親心 今日のおとずれ何ときくらむ

この吉田松陰の歌がしみじみと思われます。ほんとに私は幸福だったのです。我がままばかりとおしましたね。けれでもあれも私の甘え心と思って許してくださいね。

晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのは嬉しいですが、お母さんのことを思うと泣けてきます。母ちゃんが私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、何も喜ばせることが出来ずに、安心させることもできず死んでゆくのが「つらいのです。

私は至らぬものですが、私を母ちゃんにあきらめてくれ、ということは、立派に死んだと喜んでください、ということはとてもできません、「けどあまりこんなことは言いますまい。母ちゃんは私の気持ちをよく知っておられるのですから。・・・

この手紙、絶対他人にみせないでくださいね。やっぱり恥ですからね。もうすぐ死ぬということが何だか人ごとのように感じられます。いつでもまたお母さんにあえるきがするのです。「あえないなんて考えるとほんとに悲しいですから。・・・

 

出撃前日

 


宮沢賢治を敬愛する学生の手記から

宮沢賢治の「烏の北斗七星」における戦争観を敷衍して僕の今の気持ちを記してみよう。

山ガラスを葬りながら「ああ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは何べん引き裂かれても構いません」というところにみられる「愛」と「戦」と「死」という問題について最も美しいヒューマニスティックな考え方なのだ。「人間として、これらの問題にあたる時、これ以上に、美しい、崇高な方法があるだろうか。

 

宮沢賢治の死後93年、この学生の手記が書かれてから81年、いまだに彼らが長った世界は実現していません。

 


国家に殉じた彼らは、靖国神社に英霊として祀られている。毎年の終戦記念日における閣僚が参拝が話題になっている。

個人的には、A級戦犯の合祀について、わかりやすい説明が不足しているように感じる。絞首刑となり横浜市の久保山で荼毘に付された7人それぞれの行いが、歴史教育の場でしっかり理解されているのか。

さらに靖國神社に合祀される経緯について公に納得した形で行われたのか。

昭和天皇が1975年以降、靖國神社に参拝していないこととの関連はどうなのか。

諸外国の反応に敏感になる以前に、自国民の一人として、勉強しておきたいところです。

f:id:hoihoi1956:20260902040919j:image